合気道を宗教学的に考えてみようとした:すでに序論が難問だった

序論

エミール・デュルケームの書いた『宗教生活の基本形態(全)オーストラリアにおけるトーテム大系』なる本を読む機会に恵まれたのですが、

 

正直「わっかんねー」という部分が多いので、人に教えたら理解が深まる理論を応用して知った風な口を効こうじゃないか!というのが今回の試みです。

 

まぁ幸い合気道は宗教とも関係が深いので、宗教社会学の古典的名著と合気道のことが一度にわかる!という一粒で二度おいしいアレを目指してみます。

 

ほとんどの人はどちらにも興味がない なんてお徳な企画なんだ!我ながら震えますね。

 

ギョーザとビールうまいからミキサーして出した、みたいな感じになってないことを祈るばかりです。

目次

合気道と宗教は混ざる

とりあえず序論

最初の難問カテゴリー

合気道的思考法

合気道と宗教は混ざる

知ってる人にはもはや当たり前ですが合気道と宗教には深い関係があります。

 

合気道創始者も「合気道が宗教から生まれた? ちげーよ、不完全な宗教を完成させるために合気道があるんだよ」(意訳)というようなことを言っているので、

参考:原文

 

合気道によって宗教を完成させるためにも、宗教のことを知る必要があるわけです。(強引)

mezasi

 

というわけで早速やっていきましょう。

とりあえず序論

こいつがエミール・デュルケーム著『宗教生活の基本形態(全)オーストラリアにおけるトーテム大系』です。なんと中古でお値段7,480円!ところが電子書籍なら2,750円!

中古価格はこの前解説した合気道開祖の希少本『武道』より高いぞ! でもあれはペラペラだから・・・ 当たり前ですが内容の濃さも『武道』の比ではありませんでした。

合気道を名乗る前の開祖の著書『武道』を適当にまとめてみる

エミール・デュルケームは「宗教とは何か?」について考える時に「原始的な宗教を調べたらどういう流れで今の宗教ができたかわかるんじゃね?」という考えからオーストラリアの先住民アボリジニの宗教を調べたらしいです。

 

キリスト教とかは色々と歴史がありすぎてゴチャゴチャしてるので、アボリジニみたいに特に大きな変化が少なかった宗教を見れば、基本の形態がどういうものかがわかるってことでしょう。

omg

人類だってめちゃくちゃ進化してこの形になってるけど、単細胞生物を調べたら生物について色んなことわかったし、それと一緒!ってことらしいです。

 

現代では「アボリジニだって現代に生きとるやんけ!」というツッコミが入っているので、この研究だけで宗教をまとめあげるのはちょっと……ということらしいです。

 

分析のプロセスが丁寧すぎるほど丁寧に書いてあるので、そうした研究の流れを明らかにするという意味では結構いい本なのではないでしょーか。

 

まぁ武術なんかでも『一人型』なんかは時代と共に「こんなん通用するわけないやろ」とか「こっちの方が見栄えいいやろ」みたいな感じで改変されていって「なんのためにあるんだっけ?」ってことになってたりするので、

?

できたてほやほやの創作武術とか、頑固なまでに内容を変えてない古流とかなら、「こういう理由でこの型をつくったのね」というのが単純明快であり、他のものとの共通項もみつけやすいってことなんでしょう。

最初の難問カテゴリー

この宗教について研究するに当たって最初に問題になってくるのが人類に伝わる時間や空間といった様々なカテゴリーがどうやってつくられたのか?ということです。

 

例えば1週間が7日間というカテゴリーは神が最初に天地を創造した時に6日でつくって1日休んだからという聖書のエピソードにもあるように古くから神話と絡めて伝わっています。

 

で、そもそもこのカテゴリーってどうやって生まれたの?というのが問題になってくるわけです。

nayami

7日間ってちょうど6日で疲れてくるし1日休めば、人間の生活リズムにもあってるし区切りいいよねーみたいな感じで後天的に経験した知性でこのカテゴリーを生みだしたのか?

 

それとも、最初から6日動いて1日休んでたからそのまま当てはめたって感じで先天的に理性でわかっていてこのカテゴリーにしたのか?

 

結局どっちなんだ?ってことです。

 

簡単に言えば、おおまかに決まってることは最初から理性で勝手に決まってたのか、後から知性で考えて決めたのかどっちなんだ?ってことです。

 

後から知性で考えたと思いがちですが、それだと毎回同じ結論に辿り着く為に同じことを経験しなきゃいけないじゃん、効率悪くね?ということになります。

 

最初から決まってたとしても、どっからそれ決めたんだよ?という謎には誰も答えられないということになってしまいます。

 

卵が先か鶏が先か?みたいな話なので、当たり前ですが議論がずっ~~~と続いてたらしく、さすがに「ちょっとアプローチを変えようや」ということで考えられたのが社会と個人にわけてみるということらしいです。

soromon

要するに個人的(知性・経験)には「君のこと考えてると1週間が8日くらいに感じる」ということがあっても、社会的(理性)ではどうあがいても1週間は7日だということです。

参考:The Beatles – Eight Days A Week(YouTube)

 

人間はこうした社会の共通事項というカテゴリーに縛られているけれど、一方で個人的には矛盾することもできるってわけです。ジャック・ハンマーが1日30時間鍛錬するみたいな話ですね。

 

ただこの社会というのはカテゴリー化する装置としてあるのではなく、自然の一部として常に変化しながら適応しているものなので、

 

人類はこの社会と個人とを上手に使って、理性と知性の役割を相互に補いながら活用しているのではなかろうかということです。

釣りあい

日の出日の入りには一定のリズムがあり、集団生活にもなんらかのリズムがあり、個人にも生活のリズムがあるという感じで、それぞれが都合のいいリズムを自然に当てはめて生み出されているのが社会であり、

 

1mm、1cm、1mとかってカテゴリーがあるだけで、毎回握り拳何個分とか考えなくていい分ラクになるわけです。こうしてカテゴリーを使い勝手のいい道具として人は社会をつくっていったってことです。

 

 

知性をカテゴリーと言う『形』で残すことができるので、理性として活用できるようになったって感じですかね。

いにゃん

で、このカテゴリーがもともとどっから出て来たのかを知る為に、ひとつの科学をつくろうってのがデュルケームの『宗教生活の基本形態』という試みなのだそうです。

ここまでの参考:デュルケーム『宗教生活の基本形態(全)』序論 探求の目的ー宗教社会学と認識の理論及び訳者解説

 

はい、ここまでが序論です。前置きですよコレ。Kindleではどこまで読み進めたかパーセンテージで表示されるのですが5%ですって。

 

学問ヤバイ。

合気道的思考法

まだ序論の段階なわけですが、最初の方を読んだ感じではわりと『二元性』というのがポイントになってきそうではあります。

善悪

デュルケームは理性と知性の問題のように対立する二つの理論を別の枠から説明するってことを問題解決のアプローチとしてやってるように思います。

 

これはめっちゃ合気道的な発想でもあります。対立したり拮抗してるっつーことは別の所からは簡単に崩せるってことでもあるのです。

拮抗

この考えを体術に落とし込んだのが合気道であり、こうした考え方は日本の神道的な「陰陽」の考え方だとも言えます。中心が決まれば右や左が決まるように、あらゆるものはひとつからはじまるという感じです。

 

ひとつのものから善悪のように二つのものが生れ、そこからどんどん色んなものが派生するという考え方です。

sngen

自然界を見渡せば昼と夜があるし、波と凪があるし、天と地があるし、という感じで反対のものを見つけるのはとても簡単なので、あらゆるものが二元論で区別でき、こうした二元の発生源はひとつ(一元)という考えが生まれたのはとても自然な気がします。

 

そんなわけで合気道開祖は、肉体と精神だって本来はひとつなんだから、宗教家が口だけで暴力に屈してたら未完成なんじゃないんすか? という武道家的な発想を持っていたと思われます。

 

「キリストはさぁ、右の頬を打たれたら左の頬を差し出せとか言ってたけど、合気道なら右の頬すら打たせないから」(意訳)というイキった発言も残されています。

参考:合気道開祖・植芝盛平のびっくり伝説

tatakaumae

そのキリストにしても30過ぎまで大工してたおっさんだったなどという説や、筋肉的キリスト教などというマッチョな信仰もあるので、ある意味では宗教の盲点をついてるかも知れません。

参考:筋肉的キリスト教(Wikipedia)

 

てなわけで、こんな合気道の考え方も踏まえながらボチボチ『宗教生活の基本形態』を攻略していこうかなという感じです。

 

次回が更新されなかった場合は察して欲しい。 続きはコチラ↓

宗教とそうじゃないものの違いはなんだ?:合気道は宗教か

※この解説は、ど素人の見解なので、なんかツッコミがあれば是非!

参考

開祖の発言(原文)

「私の武産(術理の根本みたいなもの)の合気は宗教から出てきたのかというとそうではない。真の武産から宗教を照らし、未完の宗教を完成へと導く案内である。」()内はマツリ

武産合気より抜粋

 

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