力について物理的に考えてみよう:武術のパフォーマンスはなぜ人を遠くに吹っ飛ばせるのか?
今回も物理的なお話をできるだけ簡単にやってこうと思います。
よく動画なんかで、あんまり力が入ってるように見えないのに人を吹っ飛ばしたりする武術の動画があります。
有名なのはブルース・リーのワンインチパンチとかでしょうか?
今回はこれが不思議だなーという人向けのお話です。
何やらもの凄いことが行われているような雰囲気があったりしますが、実際のところどういうことなのかについて考えてみたいと思います。
目次
・物理的な計算から考える
・どうやって吹っ飛ばすのか?
・忘れてはいけないその他の要素
物理的な計算から考える
さて、大前提としてそもそも人にはどれだけの力があるかということについて説明したいと思います。
物理の世界では運動エネルギーを計算することで、移動する物体がぶつかったときにどれだけの物を動かせるのか?がわかります。
運動エネルギー(単位はジュール)とは1/2×動いている物体の重さ(質量)×速度の二乗で計算した数値です。
まあこの際、細かい計算方法はググってもらうとして、簡単に計算を出してみましょう。
例えば平均的な体重60kgの一般男性は時速15kmくらいで走れます。
そんなわけで60kgの男性が時速15kmで走って体当たりすると、運動エネルギーは520.8ジュールです。
あんまり使われないのですが、わかりやすく重量キログラムメートルという単位に変換すると、
約53重量キログラムメートルとなり、
これは体重60kgの人の時速15kmの体当たりは53kgの物体を1メートル動かせるよ、ということになります。
まあ、ありえるかな?くらいの計算結果ですね。
ちなみにボクサーのパンチの速度は時速40kmにも達すると言われていますが、、、
パンチというのは体重60kgの人の全体重が飛んできているわけではありません。
60kgの人の片腕の重さというのはだいたい体重の6%らしいので、3.5kgです。
つまりボクサーのパンチの場合は約22重量キログラムメートルとなります。
だいたい6歳男児を1メートル吹っ飛ばせるくらいの力が出るってことです。
非常にざっくりとした計算ですが、比較的常識的?な数値が得られるということはわかってもらえたと思います。
どうやって吹っ飛ばすのか?
さて、ここで出た数値というのは物理における最大値です。
つまり体重60kgの人が時速15kmでダッシュして体当たりしても、53kgの人を1m吹っ飛ばすのが限界ってことです。
実際には相手だって棒立ちしているわけではないので飛ぶ距離はさらに短くなるでしょう。
相手もこちらに向かってぶつかってくれば作用反作用によって、吹っ飛ぶ距離はさらに変わってきます。
まあ、 そんなクソめんどくさい計算はしたくないので とりあえずそれは置いておきましょう。
今回の趣旨は、人を吹っ飛ばせるのは何故なのか?ということです。
とりあえず体重が同じくらいの成人男性を吹っ飛ばすのはボクサーのパンチでは物理的に無理です。
逆に体当たりのように全体重を相手に伝えられれば、ある程度は吹っ飛ばせるということになります。
この辺りがいわゆる武術のトリックになります。
要するにぶつかったときに力を逃さなければいいわけです。
体重60kgの人の手先しかぶつからなければ3.5kgですが、上半身なら約60%で36kgくらいです。
36kgが時速15kmでぶつかったら、約31.8重量キロメートルとなります。
手先でぶつかった時よりも10重量キロメートルほど増しました。
こんな感じで、できるだけ全身の体重を移動させながら、ひとかたまりの物体として衝突できれば、より大きな力が働くというわけです。
そういうわけで武術などではボクシングのパンチみたいに手先だけが当たるというのではなく、
一見すると手しか当たっているように見えなくても、手や腕を身体と一体にしてぶつけているわけです。
こうすることで相手に伝わる力が増えて相手を飛ばせるようになります。
ただし、手先のように軽いものではないので速さを出すことが難しくなります。
一般男性の走る速度が時速15km程度であるように、全身を動かす時に手だけの時のように時速40kmで動くというわけにはいかないのです。
そして、相手のどこに当たるかも重要です。
身体には重心が一カ所だけあるというのは以前に説明した通りですが、
この重心が相手の重心に正面からぶつかり合った時に、衝撃が最も伝わります。
ビリヤードの玉同士の衝突をイメージしてもらえるとわかりやすいかも知れません。
真正面から止まっているボールの中心にぶつかった場合、ぶつかったボールは当たったボールの位置にとどまり、
ぶつかられたボールはその衝撃でまっすぐ転がっていきます。
反対に中心がズレている所にぶつかると、ボールはYの字のようにそれぞれが違う方向に転がっていきます。
これは作用反作用の法則といって、ぶつかった時にはかならず反発が起こるという物理現象です。
自分が反発して動く量が少ないほど、相手が動く量が増えます。
その結果、しっかり中心に当たった場合は、自分は動かず相手は飛んでいくということです。
これが衝突したときの基本的なメカニズムであり、物理的な現実です。
もちろん人体はガチガチの物体ではないので、関節や筋肉から衝撃が抜けやすくなっています。
それを阻止するために、筋肉で固めたり、衝撃が抜けにくい体勢を取る必要があります。
そのあたりが武術で型だったり身体操作が稽古される理由だと思います。
要するに相手にぶつけることのできる体重量とその速さによって衝撃が変わるというお話です。
忘れてはいけないその他の要素
ここまではあくまで止まっている相手に衝撃を与える時のケースです。
基本的に人は大きな力をぶつけるには大きな予備動作が必要だと思いがちです。
遠くからダッシュしてきてぶつかるとか、大きく振りかぶってぶつけるといった動作です。
しかし、実際には人間は筋肉の伸縮によって力を出すことができます。
ですから、相手の身体に拳を密着させているようなゼロ距離の状態からであっても、
実際には足腰の屈伸や腕の屈伸によって距離をつくることができます。
密着しているといってもまったく動けない状態からぶつかっているわけではないということです。
これで物理的にどれほどの速度がだせるのかはわかりませんが、距離が近くてもある程度の速度を出すことはできるはずです。
反発係数の問題もありますが、野球でも時速160kmオーバー、テニスなら時速300kmにも到達する球を、
道具があるとは言え、人間はその場で打ち返すことができます。
一見するとそれほど速く見えず、力強く見えなくても、早さと強さを出すことが可能なのです。
さらに先ほど計算した通り、衝撃は重さと速さによって出ます。
つまり相手もこちらに動いてきている場合は、まず相手を支えることで自分の体重を増やすこともできるということです。
体重60kgの人であっても、体重100kgの人を支えることで、自分の体重を110kgにして相手の体重を50kgにしてしまうことができます。
これを先ほどの計算に入れると約97重量キロメートルです。
体重が60kgでも97kgの物体を1m吹っ飛ばすことができるというわけです。
半分でも相手を支えることができれば、相手を飛ばすことが物理的に可能になります。
と言っても、相手も動き回る中でそんなことをするのはなかなか大変なわけですが・・・。
大事なことですが、これは単なる手品のタネみたいなものでしかないということです。
武道武術では相手を支えるのと同じくらい、相手に自分を支えさせるといったことも重要になってきます。
相手と反発しあうようなぶつかり方をするから大きな力が必要になるのであり、
相手を後ろから押すような力を働かせたり、相手がバランスをとろうとする場所を先回りしたりすることで、
大きな力がなくても相手を動かすことはできます。
相手を吹っ飛ばすというのは、条件が揃えば簡単なことです。
逆に言えば、実際問題としてはその条件を揃えるのが難しいのです。
そこらへんを追求していくのが、また武道武術の楽しみなんじゃないかなーと思います。
というワケで今回の結論としては、
意外と見た目以上に強い力を出すのは簡単だけどそれを動いてる人に当てるのには工夫がいるよ!
といったところでしょうか。
ちなみに、今回の重量キロメートルの計算ですが、マツリはちょっと物理をかじった程度の人間なので、
この計算が絶対に正しいとは言えないので、気になる人は自分で検証してみてください。
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