武道武術の人のためのアドラー心理学入門:武道武術とアドラー心理学の共通点
アドラー心理学といえば一時期けっこうなブームになっておりましたが、
この心理学って実は我々のような 変なこと 武道武術をやってる人間にとってはけっこう大事なことを教えてくれる心理学だと思っております。
でもこれって合気道の思想なんかとも共通点があります。実のところ同じような考え方を武道武術は持ってます。
そんなわけで、アドラー心理学が何故、武道武術と親和性が高いのかってことをひとつ紹介してみようと思います。
まあ、なんやかんやで対人関係の悩みが多いこの時代においてはけっこう有効な考え方だと思いますんで、もしよかったらなんかの参考までにどーぞ。
目次
・共通点1「すべてはひとつ」
・共通点2「自分は社会の一部」
・共通点3「他人と争わない」
共通点1「すべてはひとつ」
アドラー心理学ってのはアルフレッド・アドラーというオーストリア人のオッサンが、
心理学の大家であるフロイトと喧嘩別れした後につくったフロイトとは別系統の心理学です。
アドラー曰く「個人心理学」なのだそうです。どういうことかというと、
心と体だの、意識と無意識だの、感情と理性だのとかいうグチャグチャしたことなんかどーでもよくね?という発想の下につくられています。
これは現代で行われるセラピーの1つである解決志向療法なんかとも共通する考え方で、原因がわかったからって今の問題は解決しねーんだよ!という考え方です。
今の自分が引っ込み思案なのは、過去の両親によって与えられたトラウマが原因みたいなことがわかったとしても、
別にわかったからといって引っ込み思案が治るわけではないってな話です。
そこでもっと解決の方に重視しようぜっていうのが解決志向療法であり、これがアドラー心理学です。
ハース兄弟による人の行動を変えるための方法を紹介した本『スイッチ』では、この解決志向療法の簡単な方法が書かれています。(1)
話としてはシンプルで、たったふたつの質問から問題を解決する方向に持ってきます。
例えばアルコール中毒の人がいた場合はこんな感じです。
1.あなたが朝起きて、今抱えてる問題がすっかり解決していたらどのタイミングでそれに気づくか?
2.あなたが禁酒に成功している時はどういう時か思い出してください。
要するに人間ってのは、できないと思ってても実はできてる時ってあるよね?そこに注目しようや、という話です。
このように問題の原因とかどーでもいいから、解決することを考えようぜ!というのがアドラー心理学です。
とことんまで個人というものを追求する、そんなわけで個人心理学ってことです。
陰陽の思想、東洋の思想、合気道の思想でも同じようなことが語られています。
すべての陰陽はひとつのものに帰結する。
物事はいろんなものが混ざってひとつになっていて、自分も色んな要素がまざっているけれどそれでひとつになっているのです。
今の自分の状態でどう幸せを掴むか?!ってのがアドラー心理学であり、
今の自分の状態でどう勝つか?!ってのが武道だと言えるかも知れません。
共通点2「自分は社会の一部」
じゃあ自分の抱える問題をどうやって解決したらいいのか?なんですが、
アドラー心理学を日本で超有名にした本である『嫌われる勇気』ではこんな感じに定義されてます。(2)
行動目標
①自立すること
②社会と調和して暮らせること
心理目標
①わたしには能力がある、という意識
②人々はわたしの仲間である、という意識
岸見一郎著『嫌われる勇気』より抜粋。一部省略
人は成長の過程で劣等感と承認欲求を抱き、それをどのような形で満たすかが人生における課題だとアドラーは考えていました。
そして出した答えが社会の一員だという感覚(共同体感覚)を持つことです。
この考えの面白いところは、別に社会に受け入れられてなくてもいいってことです。
自分さえ社会の一員だという感覚を持てれば、実際のところ他人がそう思ってなかろうがどーでもいいのです。
この共同体感覚については合気道開祖も口を酸っぱくして言っています。(3)
(合気道を行う人は)宇宙建国完成の経綸(正しい運営)に奉仕しなければならないことになっております。人としての使命を遂行し、世界大家族大和合の指標たるものでなければなりません。
植芝盛平著『合気神髄』より抜粋。()内はマツリによる
こんな感じで、自分なりの方法で世界の一員としての使命を果たしていこうぜってのが合気道をはじめとする武道の考えであり、アドラー的な考えでもあります。
ちなみにアドラー心理学では、他人が自分にどうこうしてくれるかってことは考えないで、自分ができることを考えろみたいな感じのことが言われています。
これって実はけっこう大事なことで、アダム・グラントの著書『GIVE&TAKE』では人に何かを与えれば与えるほど成功に繋がるという事実が紹介されています。(4)
その内容をひとつ紹介するとアーサー・ブルックスによる収入と寄付金の関係を調べた研究によると、ある人の収入が1ドル増えるとその人の寄付金は0.14ドル上がるのですが、
逆に寄付する金額が1ドル増えるとその額に対して収入が3.75ドルアップしていることがわかったそうです。
要するに寄付する額を増やした人は収入が上がるってことです。
むか~しむかし話題になった「夢を叶えるゾウ」なんかでも、最初の方に出てくる課題が募金だったりします。(5)
社会に何らかの影響を与えられるという感覚は、思いのほか大事ってことですね。
ちなみに武道武術は稽古という形で自分の持っているものを他人に与えることができます。これもひとつの与え方ですね。
誰かに何かを与えることができれば、社会に貢献しているという感覚を得ることができて、
自分もそれによってより安定していく、という良い循環ができていくってことだと思います。
共通点3「他人と争わない」
やろうと思ってもなかなか難しいアドラー心理学のテクニックのひとつが『課題の分離』です。
何が問題なのかをハッキリさせようじゃないかっていう考えです。
例えば自分がやっている武道を批判されたとしましょう。
「そんなの今の時代にやる意味あるの?」
そこで本当にやるべきことは立ち止まって批判する人と争ったりするのではなく、武道をさらに突き進むことです。
人にはどーしても他人から認められたいっていう承認欲求があるんですが、すべての人に受け入れられるなんてことは不可能です。
だから、自分が解決すべき課題でないなら切り離してしまう。これが「課題の分離」です。
これは問題から目を反らすってことじゃありません。自分が変えられることと、無理なことを分けて考えて、たとえ嫌われても無理なものは無理って話です。
相手が無理難題をふっかけてるのか、あるいは交渉の余地があるのかをちゃんと見極められないと、自分が無駄に消耗することになります。
心身統一合気道の藤平光一先生が書いた『気の確立』では合気道開祖の面白い『課題の分離』方法が乗っています。(6)
ある日、共産党員が勧誘に来た時のこと、開祖は相手に向かって「わしも共産党員だよ」と答えます。
「え、先生も共産党員だったんですか?」
すると先生、一言でいわく。
「いや、同じ共産党でも、あんたの共産党とはちょっと違う」
「どう違うんですか?」
「あんたは人間の立てたる人間の共産党でしょう。わしは神の立てたる神の共産党なんだ。神から見たら一視同仁でしょう」
さすがに言葉も返せなかったのか、相手は頭を下げて帰ったまま、二度と道場に姿を見せなかった。
藤平光一著『気の確立』より抜粋
こんな感じで開祖は合気道においても、人を相手にしてはいけない宇宙を相手にせよ、というようなことをよく言っていたそうです。
人間のようなみみっちいスケールで物事を考えたってしゃーないということですな。
誰かを批判するときに「みんな、あなたのことを迷惑してます」みたいなことを言う人がいますが、
すべての人に受け入れられるのが無理なように、すべての人から嫌われることも不可能です。
みんなが嫌っているというのは批判する人の願望であり、言われた人はみんなから嫌われてるからなんとかしなきゃ、、、と考える必要はないわけです。
このように批判に対しても、それが適切なものなのか、単なる憶測なのかを冷静に判断できれば、批判されただけで不安になったりする必要もないわけです。
結局、誰かに嫌われているからといって、そのせいで行動しないのは自分への言い訳です。
そういうことをアドラーは「人生の嘘」だと説明しています。他人のせいで何かができないというのは、都合のいい嘘でしかないのだと。
こういうことを実践する為には『勇気』が必要ではあります。
でも、武道や武術ってのはその『勇気』をつくりだす為にやるものじゃあないんでしょうか?
まずは普段の稽古からでも、できないことやわからないことは教えて貰い、できることは教えてあげるということからでも、アドラー心理学の実践になります。
というか別にアドラー心理学のことを知らなくても、けっこう実践してたっていうのが、武道武術だと思います。
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参考文献
(1)『スイッチ!「変われない」を変える方法』チップ・ハース&ダン・ハース著
(2)『嫌われる勇気ーー自己啓発の源流アドラーの教え』岸見一郎・古賀史健著
(4)『GIVE&TAKE「与える人」こそ成功する時代』アダム・グラント著
アドラーはオーストラリア人でなく、オーストリア人です。
ご指摘ありがとうございます!
修正しました。