棒と身体の話:幻肢痛から考える武道の小ネタ

リヨン第一大学とかいう 実は変身をあと二回残している 大学の研究で「人の脳は棒とかを持ったらそれを身体の延長と考えてまっせ」ということがわかりました。

参考:人間の脳は、手に持った道具の感触を身体と同様に認識していることが明らかに

 

武器とか道具とかを長く使ったことがある人は「そんなもん100万年くらい前から知っとったわ」と思うことでしょうけど、まぁそれが事実だということが判明しましたという、そんだけの話です。

 

車の運転とかもこれに近いものがありますよね。

 

で、合気道は陰陽を考えるつうことで、これって実は反対でも言えることなんだよなぁと思いまして、それがみなさんご存知(?)「幻肢痛」です。

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「幻肢痛」とは「ファントムペイン」とも呼ばれてまして腕やら脚やらを無くした人が、その無くしたはずの腕が痛んだり、カユかったりするという不思議な現象です。

参考:幻肢痛(脳科学辞典)

 

ちなみに余談ですが、この幻肢痛はない方の腕の前に鏡を置いて反対のある方の手を映すことで腕があるやんけ!という感じで脳を騙すと痛みが和らいだりするそうです。

 

まぁあったはずのものがなくなるとソワソワするってのはよくある話です。歯を抜いた後とか、爪を切った後なんかにもちょっとしたソワソワくらいは感じるんじゃあないでしょうか?

 

実際、幻肢痛は歳を取った人ほど発症しやすく、若年層にはあまり見られないそうです。あったはずの身体がなくなったことを脳が処理できるかどうかの違いだとも言われています。

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人間ってのはかなり繊細な部分もあります。職人なんかは使い慣れた道具を好みますし、なんなら機械でもできない精密な作業ができちゃったりもします。人と道具には様々な関係性がありますが長く使えば使うほど脳にも身体の一部として馴染んでいくのでしょう。

 

反対に「弘法筆を選ばず」なんて言葉もあるように、どんな物でも同じように扱えるってこともあります。武道武術は臨機応変なものでもあるので、その場にあるものを身体の延長として活用できる方向を目指すんだろうなぁと思ってます。

 

この人と物が一体となる感覚というのはテレビゲームなんかをイメージするとわかりやすいと思います。やり慣れたテレビゲームは自分の思うままに操作することができます。

 

実際にパソコンのマウスを使った実験では、人の脳は問題なくマウスが動いている限りは、モニターとマウスを身体の延長として考えているということがわかるんだそうです。

 

逆にマウスの矢印の動きを意図的に遅らせると一体感は失われちゃうのだとか。

参考:「コンピューターと自分は一体」:実験で検証(WIRED)

 

それはそれとして、パソコンでする作業は色々あってもマウスの操作は一緒であるように、共通した部分を把握しておければ即座にとまではいかなくても色んな場面に対応することができます。

 

そこらへんでポイントになるのは恐らく「握り」とかになってくると思います。何を持った時でも同じような握りで同じように使えれば、どんなものでも同じように延長として使える。

samurai

そんな感じなんじゃあないでしょーか。

 

包丁やハンマー、ノコギリ、刀、鉈、あるいは合気道における四教の握りなど、握りには共通点が多くありと思っています。

 

そしてこれはもちろん「逆」も然りという話しです。相手に自分の身体を握られた時に、合気道などの武道ではその部分を動かさないようにします。それはつまり、その部分は相手と一体になったものになっているということです。

 

パソコンのモニターとマウスのように、快適な動作をしている限りは相手もそれに同調してしまう。そんな感じで道具と身体にまつわる関係は掘っていくと色々と深くなりそうな気がします。

 

また、合気道は自分の中心で剣や棒を持つように腕を扱うことで腕力を使わずに動けるとも言われます。こうした場合は、例え片手であっても、両手を正面に構えているような形が大切になります。

 

ないものをあるかのように、持ったものをもともと一部だったかのように扱う。そうしたことが重要になってくるでしょう。

 

おわり!

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