意外と知られてない武道の哲学を学んでおく:陰陽論入門

陰陽と武道武術には特別な関係性がある。そんな風に思ってます。

日本の武道部術は古くからこの思想を取り入れていました。

この概念を知っているのと知らないのとでは、武道武術に対する見方が違ってきます。

武道武術の思想的な基礎となる陰陽について解説します。

        目次        

陰陽という考え方

ふたつはひとつ、ひとつはふたつ

 ・すべてがひとつになる

まとめ

 

陰陽という考え方

日本における陰陽(いんよう)というのは、中国の思想や神道などの影響を受けた考え方で、

昔の人が考えていた物事の原理みたいな感じです。

要するに物事にはコインみたいに裏と表がある、みたいな考え方が陰陽です。

陰(いん)というのは影の事、陽(よう)というのは光のことです。

どちらもなくてはならないもので、光がないと物が見えませんが、物がないと影はできません。

こうした反対の性質をもつありとあらゆるものが陰陽です。

例えば、昼と夜、月と太陽、右と左、上と下、縦と横、生と死、男と女、プラスとマイナス。

こういったものはすべて陰陽です。

探してみると陰陽じゃないものの方が少ないくらい、大量の陰陽を見つけられるでしょう。

日本ではこうした陰陽はひとつのものから生まれて来ると考えられていました。

例えば右と左という方向がありますが、どっちが右でどっちが左なのかは中心がないとわかりません。

あなたの右手が右で左手が左というのは、あなたという中心が決めているものです。

右と左がひとつになっている中心がないと右と左は生まれないってわけです。

男と女も陰陽です。そして、この陰と陽がひとつになることで新たに生命を誕生させることができます。

古事記に出てくるイザナギとイザナミはお互いの欠けている所に余っている所をはめこむことで、新たな物を生み出します。

これは単なるエロい話ではなく、陰陽こそが物を生み出す基本だということです。

例えばヤヌス的思考法っていう思考法があります。ヤヌスってのはローマ神話の出口と入り口の神様のことで、一種の陰陽になってます。

この神様にあやかって、矛盾する物事を成立させようと考えることをヤヌス的思考法といいます。

なんでもノーベル賞なんかを取ってる偉大な研究者は、こういう考え方をしてる人が多いのだそうです。

二つの相反するものが同時に存在できたら・・・という考え方で新しいものを生み出していったのです。

また神道では神のことを火と水と書いて火・水(カ・ミ)と読ませることがあります。

相反するものがひとつになっている陰陽の状態こそ、物事を生み出す神であるということです。

ひとつのものからふたつの反対のものが生まれてくる。

ふたつの反対のものを合わせるとひとつのものが生まれる。

こうした生み出しの基本こそが陰陽なのです。

ふたつはひとつ、ひとつはふたつ

武道でいうなら呼吸も陰陽です。

「呼」は息を吐くこと、「吸」は息を吸うこと。

これもあなたという主体がいないとできません。

そして呼吸は意識的にも無意識的にもすることができます。

疲れて息があがっている時、息をたくさん吸わなくてはいけないのであなたの身体は緊張します。

逆にゆっくりと息を吐くことができる時なら、あなたの身体はリラックスします。

これを利用して息の吸い方や吐き方で、自分をコントロールできます。

呼吸というふたつの組み合わせだけでも、ひとつの身体を変えることができるのです。

また呼吸瞑想といってゆっくりと息を吸ったり吐いたりする瞑想をするだけで、人の脳が形を変えるということもわかっています。

日本では相性がいいことを「呼吸(いき)が合う」と言います。

つまり他の人ともタイミングを合わせることができればひとつになることができるってことですね。

こんな風に呼吸というふたつもので、ひとつをつくることができるのです。

日本の武道もこうした考え方に根差しています。

当たり前の考えですが、当たり前だからこそしっかりと考えておかなければいけないことなのです。

そして日本的な陰陽の考え方で最も重要なことは、そうした別々のものを利用して最終的にはひとつにすることです。

すべてはひとつになる

すべてがひとつだと効率がよく、それぞれがバラバラだと効率が悪い

というのは色んなことに言えることです。

武道や武術では武器を中心に修業します。合気道や空手などの武道も今では素手が基本のようになっていますが、本来のベースには武器があります。

武器をもった時にできる動きを素手でもしているだけなのです。

例えばボクシングをやっていて、いきなり刀や棒を渡されて戦えと言われたら、たぶん困ると思います。

武道や武術は逆に、武器があったら武器を使えばいいしないなら素手でやる。

ということになります。

だから効率的ということです。別にだからボクシングなどの格闘技と優れているとかいう話でありません。

武器も素手も同じように使えるから、武器の使い方と素手の使い方を別々に練習する必要がなく一石二鳥で効率的だというだけのことです。

このように中心がしっかりしていれば、一見すると別々のことも一緒だと思えるようになります。

合気道はよく左と右を交互に練習しますが、これだって同じことです。

いきなり利き手ではない方の手で字をかけと言われると困りますが、前もって両方練習してれば困らないわけです。

しっかりとした中心がわかっていれば、陰と陽を正しく使えるのです。

これが日本的な陰陽の考え方です。

要するにガチャガチャ色んなことやるのはんどくせーからひとつにして楽しようぜ!ということだと思います。

どっちかというとその方が楽ってことなんだと思います。臨機応変という意味では。

まとめ

陰陽というのはみっつのことだと言ってもいいのかも知れません。

右と左と中心・上と下と中心・縦と横と中心・肉体と精神と自分・過去と未来と現在・・・

中国などで使われている陰陽マークのように、陰と陽があってそれが組み合わさった一つのマークがある。

陰陽とはまったく違う正反対のものなのではなく、どこかに共通点があるということを教えてくれます。

ぜんぶ同じことだと思えるようになれば、難しいことを簡単にできます。

ひとつのことで色んなことに応用が利くことをやったほうが圧倒的に効率がいいじゃあないですか?

つまりそういうことなのです。

何故これが大事なのかについては面倒なので長くなるので別の記事で解説したいと思います。

続きは・・・

ワンネスの武道的な解釈

 

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