意識は行動よりも遅い:科学的事実から考える「先」の取り方

武道武術では「先(せん)」を取るとか、枕を押さえるといった類いの技術を磨くことがあります。

 

要するに相手が動こうとするその初動を抑えてしまうみたいな話なのですが、だからといって相手より早く動きゃいいって話しでもありません。まさしく相手が意識する絶妙なタイミングでないと「先」を取ることはできません。

 

そんな神業かはたまたオカルトみたいなことがホンマにできるんかいなと思いがちですが、意識のことをちゃんと知っていくと案外できるんじゃねーかなと思うので、そこらへんを科学的な事実と併せて解説してみようというのが今回の試みです。

 

意識に関する知識を得ると、他にも哲学や宗教のある種の境地に関する共通点がわかったりわからなかったりするでしょう。

目次

意識は行動より遅い

人混みで人を避けずに歩く

「先」を取るとは何か?

意識は行動より遅い

ベンジャミン・リベットという人が「人の意識は行動よりもだいたい0.5秒遅れてやってくる」という衝撃的な発見をしたんですが、こいつがけっこー様々な誤解を生みました。色んなところで間違った知識が出回ってます。

 

まぁ、意識が行動よりも遅いなんてのは普通に生活してるとちょっと理屈にあわないので、ややこしいんですよね。

 

そんなわけなので、まずはそのよくある誤解の例をみつつ本当はどうなのかという話しから始めましょう。

 

代表的なのは誰もが知る格闘マンガの金字塔バキシリーズでの誤解です。

ばき0.5秒

引用:板垣恵介著『範馬刃牙』よりウ

ナイフが飛んでくるのがわかっても脳が身体に指令を送るのは0.5秒後(誤解)

 

この漫画『範馬刃牙』での説明は何かを察知してから行動に移すまで脳が意識を発するのが遅れるので人は最初の0.5秒間動けないというものです。

マジかよ

野球なんかでは150キロの剛速球はおよそ0.44秒で打者に到達すると言われてますんで、0.5秒も遅れてたら150キロに手も足も出ないということになっちゃいます。これでは野球なんてクソゲーです。

 

実際はそうじゃありませんよね? 150キロ投げられるピッチャーでも実際は打たれています。これは人の反射神経がだいたい0.2秒くらいで反応しているからです。

 

範馬刃牙における説明を借りて実際には何が起こっているかを説明すると次のようになります。

 

相手がナイフを投げる⇒無意識に「避ける」⇒0.5秒後に「ナイフを投げられたから避けた」と意識する

 

つまり実際は順番が逆ってことですね。意識は行動よりも遅いのです。

 

野球ならピッチャーが投げる瞬間、直感的にこれまでの経験からどんな球が来るかを予測してバッターはボールを打ち、その後に「カーブが来ると思ったからそれに合わせた」という意識を持つのです。意識とは起こったことを後から説明しているに過ぎないのです。

 

バッターがきちんと意識をするのは打った後です。よく野球漫画でバッターがボールを打つまでに色んな事を考えていて、そんなに考える暇ねーよというツッコミがありますが、実際のところああいった思考は全部無意識の方の声だと言えるでしょう。

 

例えばあなたが喉が渇いてジュースを買いに椅子から立ったとしましょう。実はあなたの身体は「喉が渇いたからジュースを買いに行こう」と思う前に行動する準備をはじめているということです。

 

いやいやそんなわけないじゃん、おれは喉が渇いたから動き始めたんだ、と普通は思いたいところですが、考えてみれば喉が渇いたというのは水分が必要だと言うことであって、身体の方は遙かに前から喉が渇いたというサインを身体のあちこちに送っているわけです

 

まぁ身体の仕組みで考えれば当たり前っちゃ当たり前の話ですけど。

 

目の前に今まさに危機が迫ってるときに、まずは心拍数を上げて右か左に避けるか決めて……などといちいち意識しながら動くより、とりあえずすぐさま回避行動を取る方が早いわけです。

 

意識してから動くということはとにかくタイムラグがスゴイということになります。ゲームなんかだとわかりやすいですが、ボタンを押してからゲームの中のキャラクターが動き出すのが遅いともうゲームとしては致命的です。身体がそんな感じだとなおさらでしょうね。

cantしかも意識の0.5秒遅れというのは「今だ!ボタンを押そう!」くらいの単純な動作で発生する遅れです。物事が複雑になると準備にかかる時間はさらに増えます。だったら意識の方を遅くしちまえ!ってのはある意味で合理的な判断じゃあないでしょうか。

 

この辺の話は慶応義塾大学の教授、前野隆司先生の著書や講義のYouTubeなどでわかりやすく説明されています。受動意識仮説として一連の現象がスマートに説明されています。賛否両論あるみたいですが、意識が遅れること自体は間違いなさそうです。

参考:意識は幻想か?―「私」の謎を解く受動意識仮説(YouTube)

参考:前野隆司著『脳の中の「私」はなぜ見つからないのか? ~ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史』(Amazon)

 

マックスプランク研究所などの実験ではボタンを右手か左手のどちらで押すか決めてボタンを押してくださいと言うと、どちらで押すかを脳派では決まっているのにそれから7秒も経って意識が現れるということもわかっています。

参考:「意識による判断の7秒前に、脳が判断」:脳スキャナーで行動予告が可能(WIRED)

 

要は7秒も前から右で押すか左で押すかは脳波で決まっているのに、人が決めたと思うのはその後なのです。

 

といっても7秒前に運命が決まっているというわけではなく、一応それをギリギリで意識の力で止めることもできるんで、そこらへんはお間違えなく。

 

決定から動作に至る0.2秒前に意思によってその動作を止められるということも実験で明らかになっています。もちろんこうした実験結果が100%とは言えませんけど、よほど意識していない限りは無意識は意識の遙か前から動き出していて止めることも難しいということです。

参考:「自由意志」は存在する(ただし、ほんの0.2秒間だけ):研究結果(WIRED)

 

まぁこの実験結果、世間では「人間の運命は決まっているのか?」だの、「人には真の意味での意識なんてない」だの、「自由意志なんてないんや!」だのという話になっていますが、武道武術的にはそんなことどーでもいいのです。

こまけぇこたぁいいんだよ

大事なのは一瞬の判断であっても0.5秒以上前、選択肢がある状況では7秒も前から人の身体は何かを決定して意識もしないまま動く兆候を見せてはじめるってことです。

 

逆に言えばそれがわかっちまえば相手の「先」が取れるって理屈です。

人混みで人を避けずに歩く

そこで実験です。これは自分もたまに人通りの多い所を歩くときにやるちょっとした遊びのようなものですが、人混みの中で向こうから来る相手を避けさせて自分は避けることなくまっすぐ歩くにはどうしたらよいでしょう?

 

古くは合気道開祖・植芝盛平も「気を出して歩けば相手が避ける」と言っていたそうです。これを言われた合気道十段、藤平光一先生も著書では「気を出して歩けば確かに相手は避ける」と書いています。

参考:藤平光一著『中村天風と植芝盛平:氣の確立』(Amazon)

 

いやいや、ホンマかいな? 変なじいさんや顔の怖いおっさん スゴそうな雰囲気の人が前から歩いてくるから避けてるだけじゃないの? という可能性ももちろん否定できませんが、そうでなくてもちょっとしたコツがあれば誰でも相手を避けさせることができます。

omg

例えば向こうから自転車がけっこうなスピードで明らかに止まる気もなく走ってきていたら、とりあえずあなたは避けるでしょう。あるいはベビーカーなり台車なり、ぶつかったらまずそうなものが向こうから来たらほとんどの人は避けるでしょう。

 

当たり前の話ですけど、誰だってぶつかりたくはないですし無意識のうちに速度とか方向とかから自分の方に来ることを予測しています。

 

話はだいたいこれと同じです。普通に歩いている時も、相手が認識する前に、ちょっと早いくらいのスピードで明らかに衝突するであろう軌道で進んでいくと相手の方が道を譲ります。

 

人というのは人混みの中を歩くときに、見るともなく向こうから歩いてくる人を見ているので、他人が明らかにぶつかるであろう速度で向かってきていると無意識に避けてしまうのです。つまりこのままだとぶつかるということを先に理解させてしまえばいい。

 

もちろん意識的に避けまいとしている人や、よそ見してて見てないという人には効果はありませんが、大体の人は視界の中で衝突しそうなものを無意識のうちに避けています。これを裏付けるのにマイケル・S・ザガニガという人が行った実験があります。

 

1940年代頃からてんかん患者に「脳梁離断術」という手術が行われていました。これは右脳と左脳を繋げている脳梁をぶった切ってしまうというとんでもない手術ですが、当時はてんかんにはマジで効果的とされていました。

参考:脳梁離断術(Wikipedeia)

 

結果的に色んな副作用が起こるために今では行われていませんが、そういった手術を受けた患者に行われた実験によって人は右脳と左脳で別々の働きを持っているということがわかりました。

アは音(霊体)と文字(実体)

右脳と左脳が分断された人の右耳(右脳側)に「椅子から立って歩いてください」とささやくと、立ち上がって歩き始めますが左耳(左脳側)に「なぜ立って歩いているのですか?」と聞くと「喉が渇いたから飲み物を取ろうと……」と答えたそうです

参考:マイケル・S・ガザニガ著『右脳と左脳を見つけた男 – 認知神経科学の父、脳と人生を語る』(Amazon)

 

要するに人が行動した後の理由はクソ適当なのです。だから無意識のうちに相手を避けさせていれば相手は「向こうから人が早足で歩いてきたから避けた」とさえ思わない可能性があります。

 

怒ってる人は理由を後から付け加えるといった話も似たような現象だと言えますね。理由なんて実はどうでもいいんです。

 

実際に自分が人混みの中でこの遊びをやっていると、向こうからどんなに怖そうなおっさんが歩いてきていても、避けさせることは可能でした。もちろん状況にもよりますけど。

 

これも先ほどの意識の問題とも同じことだと言えます。相手は意識する何秒も前から対処するために動き始めています。無意識に反応させるほど早い段階から仕掛けが行われていれば「先」が取れるというわけです。

「先」を取るとは何か?

このように人間の意識の構造を考えると「先」を取るというのがどういうことなのか、少しだけヒントがあるように思えます。

 

古来より武道武術では精神修行が必須とされたりしていました。座禅やら瞑想やら、そういったものは基本的には人の意識に関する理解度を深めるためのものとも言えます。

沢庵による『不動智神妙禄』などでも意識しないことの重要性が説かれています。何かを意識してしまうとそこに捕われてしまいます。ほとんどの人は何かに気をとられてなかなか視野を広くはできません。

参考:池田諭訳『沢庵 不動智神妙録』(Amazon)

 

そうなっていることが見て取ることができれば、こちらはそれに先んじることができます。

 

どれだけ早く相手の無意識を意識するか? みたいな話です。なんなら相手の無意識を無意識のうちに反応できるようになるまで稽古するという話でもいいのかも知れません。

 

このように意識を見てみると、意識というものが孕んでいる矛盾が見えてきます。

いにゃん

人はそもそも右脳で行動し、左脳で理由をでっちあげて、脳はふたつでひとつの結果を起こすのです。主に東洋の宗教や哲学が生み出してきたもの、『空即是色、色即是空』『陰陽』『無我の境地』こうしたものは意識と無意識の問題を追及し、存在しないものを信じるという行為だと言えます。

 

そもそも人類の進化の過程を考えると、最初は意識なんてほぼ不要だったはずです。それがコミュニティをつくり集団になり社会を形成していく過程で、互いに色んなものを説明する必要が出て来ました。人は無意識のうちに自分の所属する社会のルールに従っています。

 

これも本来は存在しないものです。社会のルールなんて自然界には存在していないし、ルールブックもないけれど、人はそれを信じて価値観を共有しようとします。

 

結果的にそれは神を信じることにも繋がりますし、意識、感情、共感といったありとあらゆる存在するはずのないものを信じることを可能にしたのです。社会で生活するためにはそれが必須でした。

参考:エミール・デュルケーム著『宗教生活の基本形態(全)』

 

別に本来は意識がなくても生きていくことはできます。昆虫のように花の匂いに誘われていって蜜を吸い、栄養を蓄えてフェロモンを出して異性と出会い、そして子供を産んで死ぬということを繰り返すような単なる刺激に反応するだけの生き方だって可能なのです。

 

しかし、人類はそうしなかったことで今ここに存在しています。あるはずのない意識を信じているおかげで、人は無からも有を生み出せるし「先」を取ることもできるってなわけです。これはなかなか面白い矛盾だと思います。

善悪

もっと言えば言語だってあるものを説明するというよりは、存在しないものを説明するために必要だったようにすら思えます。実際にこのブログで説明する「概念」みたいなものの説明は言語がないと難しいですし。

 

それと同じように「先」を取るためには相手の無意識を信じなきゃいけません。そもそも人の中に色んな矛盾があるからこそ陰陽とか色即是空とかって概念が不思議な魅力を持ってるのかも知れませんね。

 

あとは、頭ではやらなきゃと思ってるけどできない、なんて事が起こるのも、身体の方が嫌がってるってことですね。意識は実のところ身体に負けているわけなので、やはり心と体が一致していないと本当の意味での早さというのは出せないのでしょう。

 

こういった仕組みがわかると、昔の人が色んな言葉で説明しようとしたのは、意識と無意識の関係性だったとも言えるのではないでしょうか?

 

と、まぁ御託はこんくらいにして稽古していきたいと思います。

yinyang

関連記事

物事がスローモーションに見える現象は果たして応用できるのか?:人の視覚と脳の科学

火事場の馬鹿力?死にかけたら能力アップ?:物事がスローモーションに見える現象のメカニズムについて

隙をつくらない為にはどこを意識すればいいのか問題の今と昔:不動智神妙禄より

合気道を宗教学的に考えてみようとした:すでに序論が難問だった

 

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です