開祖の言葉を今風に考える:誰にだって居場所はある/あきらめればいい

phil

開祖のよくわからない神様っぽい話をさんざん読んだマツリくんが今風に考えてみるコーナーです。

 

今回は開祖が合気道とは何かを説明する時に出てくる「処を得さしめる」と「経綸」ってどーゆーことよというのを勝手に今風に考えながら解説してみます。

 

あきらめの境地

「処を得さしめる」という言葉は主に「武産合気」にちょこちょこ出てくる言葉で、当時気に入ってたのか、あるいは宗教関係者への講話みたいな感じだったのであえてそういう言葉を使っていたのかも知れません。

 

合気道とはこういうことなんだそうです。

・森羅万象すべてに、虫けらまでにもその処を得さしめ、そして各々の道を守り、生々化育の大道を明らかにするのが合気道であります。

・宇内万有万類禽獣魚虫類にいたる迄、処を得さしめ、安心させるのが人のつとめであります。

・草木、虫、魚、獣類の各々にその処を得さしめて、楽土を建設してゆくのです。

・山川草木、禽獣魚虫類にいまで、その処を得さしめ、共に楽しむのが合気道であります。

・一国を侵略して一人を殺すことではなく、みなそれぞれに処を得させて生かし、世界大家族としての集いとなって、一元の営みの分身分業として働けるようにするのが、合氣道の目標であり、宇宙建国の大精神です。

ぜんぶ「武産合気」より抜粋

 

この処を得さしめるというのがどういう事かと言えば、居場所を与えてやる、役割を与えてやるってことだと思います。

 

この世に不要なものなどなく、それぞれを適切に配置すればきちんと調和していく。そんな考えに基づいた言葉なんじゃないでしょーか。

 

これとは別に開祖はよく「経綸」という言葉を使います。これは国家を治めて整える方策のことだと言われています。

keirin

開祖は天地経綸とかそういう感じでも使ったりしています。この経綸も同じようにあらゆるものを適切に配置する、大きな枠で考えた「経綸」、あらゆるものを正しく治める方策、あらゆるものに居場所を与えてやることではないでしょうか。

 

無意味なものなどない、そういうことだとも言えますね。

 

さてこっからは私の勝手な戯言ですが、自分のいるべき場所を知るために必要なのは「あきらめ」だと思います。自分が生きたいと思っている場所と実際に生きていける場所は違うことがあります。

 

諦めるの語源は「明らむる」だと言われています。つまりは「あきらめる」とは「明らかにする」ということです。自分が何者でどこにいるべきなのを明らかにすること、それが本当の意味での「あきらめる」ということです。

参考:生活の中の仏教用語「諦める」(大谷大学)

 

合気道は力で物事をどうにかすることを諦めるところから始まると思います。そして、そうなったあとに大事になるのは物理的な意味での立ち位置です。どこに立っていれば力を出さずに済むか?

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それこそが処を得さしめるということです。ちゃんとした場所にいれば力に頼らなくても良い。そういうことを教えてくれるのが合気道の技なのです。

 

開祖の言葉はパッとみただけでは意味不明な神様の話ですが、じっくりと噛みしめてみると色々な解釈を許す懐の深さのある文章なのです。そしてちゃんと合気道の技と整合性の取れたことを言っている、そんな風に考えることもできます。

 

まぁこれはあくまで勝手な妄想なので、好きなように読めばいいと思います。開祖の文章から自分で何かを見つけるのはけっこう楽しい遊びですよ。

 

てなわけで最近はしっかりした記事をあきらめているので、今回はこんな処でおわります。

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