武道と武術の違い:人を騙す企業はいずれ崩壊するという理屈で違いを考えてみる

武道と武術の違いは何なのよ?

ということはよく議論されますが、正直はっきりした答えはないような気がしてます。

なにしろもともとは同じものなので、似通っている部分が多いし、人それぞれの解釈だと思ってます。

ただ、どうして武道と武術が別れたのかについては、心理学のテクニックを悪用したらいけない理由と同じことがいえるような気がします。

そんな視点から、武術が武道へと変わっていったのかについて考えてみました。

     目次     

人を騙す企業が崩壊する理屈

武術が武道になったワケ

武道と武術は同じもの

 

人を騙す企業が崩壊する理屈

ロバート・チャルディーニという説得に関する研究を行っている人がおりまして、

営業がうまい人とか、詐欺師とかのテクニックというのはだいたいこの人が体系化していて、

さらにそういうテクニックに騙されないための色んな対策も紹介してます。

しかし、新たな著書『PRE-SUASION』ではそもそも説得の場につく前の段階で勝負は決まる!的な話になっており、

この本の中で紹介されたテクニックに関しては、もはや防ぐ方法はないと言い切っています。(1)

正直このあたりは凄く武道武術的な発想だと思いますが、それは置いておいて、

対策がない代わりに紹介しているのが、こうしたテクニックを使って人を騙していると企業ならいずれ崩壊しまっせという理屈です。

その理屈はこんな感じ。

フェーズ1

不正をするグループの中にいる良心のある人はモチベーションが低下する

フェーズ2

不正や騙しが嫌な人が辞めていく

フェーズ3

残っている不正をする人は、自分の所属する企業に対しても不正を行う。

⇒内部から崩壊する。

「PRE-SUASION影響力と説得のための革命的瞬間より」

 

この世に悪の栄えた試しなしみたいな理屈になってます。

これを読んでいて思ったのは、武道武術も人を騙すものだよなぁということ。

武術が武道になったワケ

深淵を覗いたら、深淵に覗かれてましたみたいな話がありますが

かつて戦いの技術であった頃の武術には騙しのテクニックはわんさかとあったことでしょう。

ホントに生き死にの問題だったら、騙して楽できるなら楽な方がいいというのは、当たり前のことだと思います。

先ほどのチャルディーニ先生の理屈で行くと、騙すのが前提となっている武の技術も同じように使い方を誤るとこんな感じになりそうです。

フェーズ1

騙す技術や殺す技術を使わなくなって来たのでモチベーションが低下する

フェーズ2

殺したり騙したりが嫌な人がやめていく

フェーズ3

危険な技を使いたいという人だけが残ってしまう

⇒ヤバい

 

平和になればなるほど、「人を殺す技の稽古をしてます」とか言ったらヤバイやつと思われるのはしゃーないことでしょう。

今ではスポーツマンシップみたいなことも言われているので、

目を潰すとか、金的するとか、頭突きをかます、武器で攻撃する、とかいうことは、世間一般の常識的では白い目で見られる事柄です。

怪我させたら普通に傷害罪に問われますし、素手で殴るとかもグレーゾーンになってきてると思います。

かつての武術でも時代が平和になるにつれてこんなことが起こったんじゃないかなぁと妄想できます。

武器を使うにしても弓や槍といった遠距離から攻撃できるものが主流だったのが、刀になったというだけでも大きな変化だったはずです。

といってもこれはかつての話であって、こうした状況を止めるために武道が生まれたんじゃあなかろうかと推測できます。

要するに視点を変えて、殺したり騙したりする技というよりは自分の精神を向上させる修業にもなりますよ、みたいな売り方にしたという感じです。

武道にならなかったとしても活人剣とか、なんらかの平和な世界でも使える独自の思想ができて時代に合わせていったはずです。

そんなに武術に詳しくはないですが、今残っている武術は騙しの悪い面にうまいこと折り合いをつけた武術なんじゃないかと。

てなわけで結局のところ武道と武術にはそれほど大きな差はないように思います。

武道と武術は同じもの

この話と言うのは、だから武道が優れているとか、武術が優れているとかいう話じゃないわけで、

名称は違えど結局は同じような生き残り方をしたんじゃないかって話しです。

今の時代に北斗神拳みたいに一子相伝の殺人拳です、みたいなのがあったら正直なところ引きますね。

それか某ギャグマンガのような状況になってしまいそうです。2

とはいえ秘儀だの秘伝みたいな話は武道武術でもたまにあるのが事実。

なにそれカッケェ!という気持ちもわかりますが、やっぱそれだと長続きしないっぽいですね。

力だけを求めるって、今の時代それで就職できるわけでもないんでロマン以外はなにもないんですよねえ。

といっても武道武術の技はもともとは騙しと殺しのテクニックでもあったというのも忘れてはいけないポイントだと思います。

武道武術の技の根底には労せずに相手を楽にサッと殺す制するみたいなのがあると思います。

案外こういう楽するという所が忘れられて、なんか血のにじむような努力をしなきゃと思われがちのような気もします。

武道武術を上手に教えるということは、上手な騙し方を教えるってことなのかも知れません。

人を騙すにしても詐欺はダメでもマジックならOKみたいな、いい騙しと悪い騙しというのはあると思います。

例え騙しているにしても騙しっぱなしにするのではなく、お互いにメリットのあるWinWinの関係になるようにする。

そういう今っぽいやり方が、まっとうな武道武術の騙し方なのかなと。

何かを楽になしとげるためには、自分を騙したり脳を騙したりて上手に達成する。

人を騙すにしても騙して想定以上の結果を与えられるようにする。

そんな騙し方ができるようになりたいもんですな。

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参考文献

(1)ロバート・チャルディーニ著『PRE-SUASION影響力と説得のための革命的瞬間』(Amazon)

(2)KAPPEI(Amazon)

(※)正しくは「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」というニーチェのお言葉

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